Memory
6/1母が肺癌余命2ヶ月〜1年と診断された。 奇跡を願い、食事療法など西洋医学以外の方面からも治療を試みる。その記録、母との思い出、闘病の様子を綴る。
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8/24 父の事故
2005年08月25日 (木) | 編集 |
15時頃だったか父が事故に遭い救急車隊から電話が入った。
トラックと接触しそうになり、咄嗟にブレーキをきり転倒。
バイクはトラックの下敷きになったが、幸い父は手を離したためかすり傷程度で済んだ。

そんなこんなでバタバタしたため夕食は残りものと作り置きした冷凍のおかずで済ませた。

とにかく父が何事もなくてよかった。
救急隊から電話が来たときは心臓が止まるかと思ったよ・・・





7/5 母は頑張ってるのに・・・父は!!
2005年07月06日 (水) | 編集 |
午前10時過ぎ婦人科の受付を済ませ、叔母を見送った。
子宮癌検診の結果の方は問題なく一安心だった。

受診を済ませ、いつも通り昼食前に母の元へ行くことができた。
朝食はあまり食べられなかったとのこと。
朝食は量自体が少ないので3割くらいは食べたみたいだけど。

その時すでにKさんがきてくれており、同じ階に知り合いも入院している為そちらの方に行っていたのだが、母の昼食が来ると同時にまた戻ってきてくれた。

母がちゃんとご飯を食べてくれるように二人で監視し(笑)、結果、(主食30)/(副食50)と結構頑張って食べてくれた。
コンビニで買ったさしみこんにゃくもいくつか口にしてくれた。

食後、角井さんが帰ると言うので下まで送りに行った。
そこでまた父の問題行動を聞かされ、ほとほと呆れてしまった。
帰ったら父と話をしなければと思っていたんだけど、お酒を浴びるように飲んだのか、睡眠薬を飲んだのか、寝ていて未だに部屋から出てこない。

母の話に戻ろう。
コスメの魔法を見終わり、少しするとレントゲンに呼ばれた。
レントゲンはすぐ終わった。

15時、母がトイレに立つと同時に部屋のお掃除が入ったので、ついでに少し散歩することにした。
病室のある階を回り、七夕飾りが置いてある小さい方の休憩室を通ると、隣のベッドのおばあちゃんが折り紙を折っていた。
母も横に座り一緒に七夕飾りを折り紙で作り始めた。
その内向かいのベッドのおばさんも来て、3人でがやがやと一時間余り休憩室にいた。

16時ベッドに戻った。
母はベッドに横になったが眠ってはいなかったようだ。
私は本を読みながらも、夜、父になんと話そうかそのことばかり考え、気が重かった。

夕食も昼と同じく30/50食べてくれた。
野菜ジュースも飲んでくれたし、めでたしめでたし♪

今日は買い物をして帰りたかったんで、いつもより少し早く、19時ちょっと過ぎに病室を出た。

父と兄
2005年06月03日 (金) | 編集 |
6月1日医師から告知を聞いた夜、父は眠れず二階の部屋と一階の仏壇を往復し何度もお線香をあげていたという。
6月2日兄は仕事から帰った足で神社へお百度参りへ行ったそうだ。
そして癌に関する書籍を3冊買って帰ってきてくれた。

父は2日間眠れず食欲もほとんどない。
今朝は寒気がするとブルブル震えていたため、母と同じ病院を受診。
総合診療科でストレスによるものと診断を受け精神安定剤を5錠処方される。
保険証を母が持っていたため、父が受診したことを報告せざる得なく母には風邪であると説明した。

帰宅後一錠摂取し床についたが、一時間半ほどしか眠れなかったよう。
胃潰瘍のような症状が強いため明日は消化器科を受診する予定。



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hana

  • Author:hana
  • 上海に夫と猫3姉妹、母の病気の為現在帰国中。日本に父・母・兄・犬3匹・猫1匹。



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