Memory
6/1母が肺癌余命2ヶ月〜1年と診断された。 奇跡を願い、食事療法など西洋医学以外の方面からも治療を試みる。その記録、母との思い出、闘病の様子を綴る。
12/25 継続する安定期 
2005年12月25日 (日) | 編集 |
嘘のように安定した日々が続いている。
先週主治医に話を聞いたが、常に急死する可能性はあるものの、それを除けば年は越せるだろうと話していただけた。

しかし、一週間前の時点で血圧の低下(上が80〜90強)が見られ、血液中のミネラル?何とかの数値も徐々に落ちていることから、一ヶ月以上は無理だろうとの見解だった。

だがここに来て母は回復しているのではないかと思えるほど元気になってきている。
食事は流動食からペースト食にしてもらったのだが、軽く完食するし、最近では物足りないと言うので、家で少しおかずを持っていくようになった。
それに今日は右腕が上がるようになったと自分で手を挙げて見せ、これならスプーンも持てるかもしれないというので、朝食時にスプーンを持たせると、大部分を自分で食べることができた。

この一ヶ月ほど一人でご飯を食べることができなかったのに、すごい進歩だね、と母と話した。
そしてここに来て血圧も上100以上を示すことが多くなった。
主治医は先週心臓が弱ってきているから血圧が落ちてきていると話したが、最近よく食べるから心臓の機能も回復して来たのか?

母は自分が徐々によくなっていると信じている。
私たちもこんな病気でなければそう信じたいけど、母が元気に回復し家に帰ることはもうないだろうと思うと切なくなる。

友達の友人のお母さんが末期癌で余命いくばくもないと言われながら4年生きたという話を聞いた。
母の病状が安定しているのは嬉しいけど、このっまずっと寝たきりで何ヶ月、何年も生きるのって本人にとっては辛いことだろうと思う。
常日頃から寝たきりだけはなりたくないと言っていたから・・

ともかく年を越すことができそうでなによりだ。
いい年越しになるといいな。

12/13 最期の安定期
2005年12月13日 (火) | 編集 |
先週末は意識レベルの低下が見られたが、その後やや調子を回復し、特にここ3日は流動食も7割前後食べられるようになり、まともな会話もできている。

1週間前まではひどくイライラしたり、わがままを言うこともあったが、最近は以前より眠れるようになったせいか、精神的にも随分落ち着いてきた。

一時は私も相当覚悟したが、こう安定した母を見ていると、母が亡くなることなんて考えられなくなってしまう。

突然ガクンと調子を落とす可能性は大いにあり、主治医には最期の安定した時期だろうとも言われている。

こんな病気じゃなければ、この状態を喜び、これから良くなることを信じて頑張れるのにな・・・

再入院して今日でちょうど一ヶ月。
一ヶ月ちょっとと言われた母の寿命、これからどうなるのだろうか・・

12/7 
2005年12月07日 (水) | 編集 |
週末意識レベルがかなり低下し、遺言めいた言葉を発した。
「お母さんが死んでも泣いちゃだめだよ」
「お母さんはいい子に恵まれて幸せだった」
「もう満足だから、延命治療はしないで」
誰と誰に母の着物を形見分けして欲しい、そんなことまでも言ったのだ。

母がもう悟ってしまったからには、これ以上隠すこともないだろうと思い、私も「お母さんの子供に産まれて幸せだったよ」などと話した。

週末は主治医がいなかったので宿直医に話を聞いた。
末期の最期の最期は医師でも判断できないのだそうだ。
母の状況から今日明日でもおかしくなとの話しだった。

私は心配だったし、叔母も心細いというので土曜日は病室に泊まった。

しかし・・・昨日、今日になって
「このままってことないよね」
とか「この目のかすみをどうにかして欲しい」
とにかく今後も生き続けるような口ぶりをするように。
母の意識は混濁しているのか?

昨日叔父が来てくれた。
母は叔父に主治医と話してもらって、この状況をどうにかするようにガツンと言って欲しいというのだ。

(;-_-;) ウーム・・参った。

今日の主治医の話ではあと1週間くらいというのだ。
あとできることは、体がだるくて辛いのなら24時間モルヒネ投与を開始するとのこと。
しかし昨日今日と母はやや調子をとり戻した。
声も週末より出るようになったし、寝返りも自分で打てるのだ。
本当にあと1週間なのかな・・

今日は夫も上海から駆けつけてくれた。

※病院に泊まることが増えているため、更新できない日が多いです。

12/2 意識レベル低下
2005年12月03日 (土) | 編集 |
最近になって睡眠中に10秒程よく息が止まる。
安定剤は呼吸を落ち着かせる作用があるそうで、それによってこういう現象が起きることもあるが、それよりも脳の働きが落ちてきているのだろうとのことだった。
意識レベルも低下してきているらしい。

食事は昼は全くと言っていいほど食べれず、夜は重湯を2,3口と流動食のコーヒーを5口くらい飲んだだけ。

主治医に食べれなくなったが点滴で補うなどの処置をとらなくていいのかと尋ねると、末期癌の場合、最後はカロリーを接種しない方がいいというデータが出ているらしい。
最期の最期には水分も摂らない方がいいんだと・・

一日中眠く、寝ては起きの繰り返し。
これは病的に寝ている状態で、半分昏睡気味なのだそうだ。

今日はお昼にKさん、Tさん、Aさんが来てくれた。
Kさんがお寿司と筋の煮込みを作ってきてくれたが、母は一口も食べれず、みんながいる間もほとんど眠っていた。

こんな状態でも母は散歩に行きたがる。
今日は3回行った。
1回目は父が連れて行ってくれた。
(散歩中もほとんど寝ている)

父と散歩に出かけるとき、母は変なことを言い出した。
「エンジェルカードに登録して、お母さんが死んだらこの舌を解剖してもらって」
そんなようなことを言った。
エンジェルカードとはどうやら臓器提供意思表示カードのことらしい。
(舌は口内炎が出来ている)

私はちょっと慌てて、そんなこと言わなくていいの、と母をなだめた。
叔母にも昨晩からこの話をしていたらしい・・

それでも、頭も痛くなくなったし、むくみも取れたんだから、良くなってるんだよ、頑張ってご飯食べないとと言うと、うんうん、と頷く場面が何度かあった。

母はどう感じているんだろうか・・

お母さん、ごめんね。。

12/1 安定剤の副作用?
2005年12月01日 (木) | 編集 |
今日は昨日より更に衰弱しているように感じた。
まず声が蚊の鳴くようなか細い声しか出ない。
何を言っているのか、耳を近づけて聞き取るのがやっと。

また昨晩もよく眠れなかったらしい。
昼間もそうだが30分ほど寝て、起きての繰り返し。
熟睡出来ないため常に眠くだるい状態だ。

そして最悪なことには口内炎が更に悪化し、
おかゆも口に入れられないほどになってしまった。
食べたい気持はあるのに、口の中が痛くて食べられないんだと言う。

母はよくなるまでしばらく差し入れは食べないことにすると言った。
私は好きなもの食べていいんだよ、と答えたんだけど、
夜にはお粥の汁しか飲めないほどになってしまった。

そして薬もおとといくらいから飲むのを嫌がるようになってきたんだけど、
今日は処方されている薬(カプセル)も吐き出してしまい、
粉にしてもらった安定剤を飲むのがやっとなほどだった。
(液体状の胃薬は嫌がらずに飲む)
当然今まで飲んでいた健康食品も飲めなくなってしまった。

月曜日まではガバガバ薬も飲んでくれていたのにな・・

こんなに一気に衰弱したのは安定剤のせい?
それとも病気自体のせい?

入院前からモルヒネ入りの飲み薬を処方されていたが、
昨日からその薬を飲んでいない。
今まではそれが切れると恐ろしいほどの頭痛がしていたのだが、それがなくなったというのだ。
安定剤って痛みも麻痺させるの??

右手の親指の傷はすっかりよくなった。
こんな状態でも自然治癒力は残っている。
母はまだ生きているんだ、そう感じた。

母は今日「もうこんなんなら死んだ方がマシだ」と言った。
私は「そんなこと言わないの」となだめたが、内心ビクッとしてしまった。

昨日は睡眠薬を飲まなかったそうだが、今夜は飲んでぐっすり寝たいと言っていた。
今頃母は眠れているだろうか・・

今日から一人部屋に移った。



プロフィール

hana

  • Author:hana
  • 上海に夫と猫3姉妹、母の病気の為現在帰国中。日本に父・母・兄・犬3匹・猫1匹。



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