| 12/2 意識レベル低下 |
最近になって睡眠中に10秒程よく息が止まる。 安定剤は呼吸を落ち着かせる作用があるそうで、それによってこういう現象が起きることもあるが、それよりも脳の働きが落ちてきているのだろうとのことだった。 意識レベルも低下してきているらしい。
食事は昼は全くと言っていいほど食べれず、夜は重湯を2,3口と流動食のコーヒーを5口くらい飲んだだけ。
主治医に食べれなくなったが点滴で補うなどの処置をとらなくていいのかと尋ねると、末期癌の場合、最後はカロリーを接種しない方がいいというデータが出ているらしい。 最期の最期には水分も摂らない方がいいんだと・・
一日中眠く、寝ては起きの繰り返し。 これは病的に寝ている状態で、半分昏睡気味なのだそうだ。
今日はお昼にKさん、Tさん、Aさんが来てくれた。 Kさんがお寿司と筋の煮込みを作ってきてくれたが、母は一口も食べれず、みんながいる間もほとんど眠っていた。
こんな状態でも母は散歩に行きたがる。 今日は3回行った。 1回目は父が連れて行ってくれた。 (散歩中もほとんど寝ている)
父と散歩に出かけるとき、母は変なことを言い出した。 「エンジェルカードに登録して、お母さんが死んだらこの舌を解剖してもらって」 そんなようなことを言った。 エンジェルカードとはどうやら臓器提供意思表示カードのことらしい。 (舌は口内炎が出来ている)
私はちょっと慌てて、そんなこと言わなくていいの、と母をなだめた。 叔母にも昨晩からこの話をしていたらしい・・
それでも、頭も痛くなくなったし、むくみも取れたんだから、良くなってるんだよ、頑張ってご飯食べないとと言うと、うんうん、と頷く場面が何度かあった。
母はどう感じているんだろうか・・
お母さん、ごめんね。。
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| 12/1 安定剤の副作用? |
今日は昨日より更に衰弱しているように感じた。 まず声が蚊の鳴くようなか細い声しか出ない。 何を言っているのか、耳を近づけて聞き取るのがやっと。
また昨晩もよく眠れなかったらしい。 昼間もそうだが30分ほど寝て、起きての繰り返し。 熟睡出来ないため常に眠くだるい状態だ。
そして最悪なことには口内炎が更に悪化し、 おかゆも口に入れられないほどになってしまった。 食べたい気持はあるのに、口の中が痛くて食べられないんだと言う。
母はよくなるまでしばらく差し入れは食べないことにすると言った。 私は好きなもの食べていいんだよ、と答えたんだけど、 夜にはお粥の汁しか飲めないほどになってしまった。
そして薬もおとといくらいから飲むのを嫌がるようになってきたんだけど、 今日は処方されている薬(カプセル)も吐き出してしまい、 粉にしてもらった安定剤を飲むのがやっとなほどだった。 (液体状の胃薬は嫌がらずに飲む) 当然今まで飲んでいた健康食品も飲めなくなってしまった。
月曜日まではガバガバ薬も飲んでくれていたのにな・・
こんなに一気に衰弱したのは安定剤のせい? それとも病気自体のせい?
入院前からモルヒネ入りの飲み薬を処方されていたが、 昨日からその薬を飲んでいない。 今まではそれが切れると恐ろしいほどの頭痛がしていたのだが、それがなくなったというのだ。 安定剤って痛みも麻痺させるの??
右手の親指の傷はすっかりよくなった。 こんな状態でも自然治癒力は残っている。 母はまだ生きているんだ、そう感じた。
母は今日「もうこんなんなら死んだ方がマシだ」と言った。 私は「そんなこと言わないの」となだめたが、内心ビクッとしてしまった。
昨日は睡眠薬を飲まなかったそうだが、今夜は飲んでぐっすり寝たいと言っていた。 今頃母は眠れているだろうか・・
今日から一人部屋に移った。
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| 11/30 最近の経過 |
11/20に上海から戻ってきた。 先週までの一週間はまだ母はそれなりに元気があり、食欲もあった為、私は予定通り11/27には中国語の検定試験を受けに行くことができた。
具合が極端に悪くなり始めたのは今週に入ってからだ。 11/25にお尻の傷と化膿した右手の親指の傷を見てもらうのに皮膚科へ行った。その時少し強めの抗生剤を処方されたのだが、それを飲み始めると同時に母の不眠が始まってしまった。 先生は抗生剤のせいではないというんだけど・・・ それでも最初の内は夜2,3時間は寝むれて、昼寝もして、というペースだったのだが、月曜日には全く眠れないという事態になった。 眠れなくなった頃からイライラ感が出始め、昨日はそれがピークに、「精神科でも乳母捨て山でもいいからどこでも入れてくれ」と言う始末。 私は母が発狂するんじゃないかと内心恐ろしかった。
それでも心療内科の先生の診察を受け、いらいらを止める薬と、強めの睡眠薬を処方してもらうと、今日はそれらはだいぶ改善されていた。
しかし今日の母はまったくもって元気がない。 まず言葉が弱々しい。 口内炎がひどいせいもあるかもしれない。 それでもまだ食欲はあるので、口の中が痛いと言いながらも食事は摂ってくれるのは救いだ。
散歩は相変わらす行きたがる。(車椅子で) ベッドでじっとしているのがかなり嫌らしい。 先週までは病室のある階を2週する程度だったが、週末兄が空中庭園まで連れて行ってくれたことから、最近はそこへ行きたがるようになった。
月曜日には自分で車椅子を動かしたいと言い、自分で病室のある階を2周ほど回った。徐々に曲がり角も自分で回れるようになり、なかなか上手に操作できるようになった。 昨日はイライラがひどく精神的に落ち着かなかった為、50mほどしか自分で走らせなかった。今日も少し自分で動かしたが疲れたといってすぐやめた。
車椅子でぐるぐる辺りを回っていると母はすぐうとうとし始める。 眠かったらベッドに行く?と聞くと嫌だという。 もうちょっと回ってもいい?と言うのでまたしばらくグルグル周り始める。 昨日は合計で3時間以上回ったんじゃないかな。 さすがに私もかなりくたびれてしまったが、母に何かをしてあげられる時間はもう少ない。今はなんでもしてあげたい。
13日の時点であと一ヶ月ちょっとだと言われた母の余命。 ということはあと2週間?? 今日主治医に聞いてみようと思ったが、恐くて聞けなかった。 きっとそれくらいでしょうと言われるだろうと思ったから。。
今日母は立って足踏みをしたいと言った。 チークダンスを踊るみたいに母は私の首に腕を回し、自分の足で立ってその場で何度も足踏みをした。 私は母の体温を感じながら、母といれる残りわずかな時間のことを思うとせつなく、涙があふれそうになった。
母はまだ自分がよくなると信じている。 今の状態は薬と点滴のせいだと。
お母さん、本当のことを言ってあげられなくてごめんね。。
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| 11/13〜14 入院 |
モルヒネ入りの薬を飲みだしたせいか頭痛がひどくなり13日急遽入院。 叔母がずっと母に付き添い病院に泊まってくれたそうだ。
14日兄から電話があり、主治医と話をしたところ、髄膜炎を起こしておりやはり余命は一ヶ月ちょっとであろうとの話だった。 それと一日中点滴をしているためもう退院は出来ないだろうとのこと。
私は今回上海へ行く1週間前くらいから、友人の紹介で「ミキ」の健康食品を(4種類)飲みだしており、母にもそれを飲んでもらっていた。 母はそれのお陰で下剤を飲まなくても便秘が治ったんだけど、その内1種類の在庫がなくなったので注文して欲しいと叔母に伝言したらしい。
母はまだ自分がよくなると信じているんだ・・。
私はすぐ日本に帰るべきか悩んでいる。 今帰れば母は怪しむだろう。 でももう隠す段階でもないのかもしれない。
母には最後まで絶対よくなるよ、頑張ろう、と言うべきなのか? それとも遠まわしにでも気付かせるべきだろうか?
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| 11/4〜10 |
11/4から叔母がきてくれるというので、私は11/5から上海に来ている。 11/10に母の定期健診があったので電話をしてみると、母の声は元気そうだったが、頭痛がひどくなってきたため、今日から少し麻薬の入った薬が処方されているということだった。
それってもしかしてモルヒネ・・・?
心配になり一緒に病院に行ってくれたKさんに夜電話をしてみた。 やぱり薬はモルヒネ入りで、これから量が増えていくそうだ。
そして母の余命はあと一ヶ月ちょっと・・・
年は越せないだろうと。
確かに母の眩暈は少しずつ悪くなってきてるのは感じていたが まさかここまでとは・・・ それでも母はまだ薬が変わればよくなると信じている。 まもなく母が自分の寿命が間もないことを知るだろう。 そしてすでに自分の寿命が一ヶ月ないとわかったとき母はどうなってしまうだろうか。 今はそれが一番怖い・・・
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